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南京の中国兵は交戦資格を有していたのか?

http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/y1892a7.html
http://megalodon.jp/2013-0523-2122-20/www.geocities.jp/yu77799/nankin/y1892a7.html
ゆう氏
『なおここに「交戦者の特権を有していない敵対者」云々の語句が見えます。どうしてこういうことになるのかよくわかりませんが、まさかと思いますがyさん、唐生智が逃亡したら残された中国兵は全員「交戦者の特権」を失う、なんて考えているわけではありませんよね?
 試しに、世界に向かって、「唐生智が逃亡したのだから残された中国兵に「捕虜資格」はなく、日本軍が彼らを殺害したことには何の問題もなかった」という主張を展開してみてください。絶対に相手にされないこと、請け合います(笑)。
 余談ですが、吉田裕氏の指摘によれば、沖縄戦では、牛島満・第32軍の司令官と長勇・参謀長が戦いの最中に自殺しています。この論理でいきますと、以降、米軍は日本兵を「捕虜」として扱う必要はなく、いくら殺しても構わない、ということになります。』

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13104478798
poirot21th
『軍指令というのは国軍の最高司令官の意味ではないんだよ。陸軍部隊というのは連隊(約1千人)を最下位に置くと連隊がいくつか集まり→旅団→師団→軍団→軍→軍集団(方面軍)という序列になるんだ。
軍指令は単なる階層の一部なんだよ。軍指令が退却しても以下の指揮系統は維持される。当たり前だけどね。』

ようするに、司令長官の唐生智が12日に南京から逃亡して以降も、誰か「部下の責任を負う指揮官」(交戦資格四条件の第一)が居たはずだから、交戦資格はあったのだ、と言いたいようです。
さて、これらの主張は成立するのでしょうか?

以下、考察してみました。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Law_02.html
足立純夫著『現代戦争法規論』〔1979年〕
『敵部隊の指揮官が麾下部隊に全面降伏を命じた後において、その命令に反して射撃を中止しない敵人員がいる場合には、それに対し引続き攻撃を加えることができる。』
信夫淳平著『戦時国際法提要』〔1943年〕
『乞降は多くは白旗を挙げて合図するが、その白旗は之を挙げたる軍隊に限り、且その隊所属の各兵が悉く抵抗を止めたる場合に限り保護の効あるもので、たとひ之を挙ぐるにしても、スペイトが云へる如く、『戦闘の酣なる際に敵兵中の小部分が白旗を挙ぐるも、大部分が尚ほ依然抵抗する間は、攻撃側の指揮官は何等之を顧念するを要せずと為すのを最安全の法則』(Spaight, Land War, p.93)と見るべきである。いや反対に、大部分が白旗を挙ぐるも、小部分とはいへ尚ほ抵抗する敵兵ある限りは、乞降の意思の不統制に由る責は我方之を負ふべき筋合でないとして、その白旗に我方亦敢て顧念するの要なしと解したい。この見解聊か酷に失するの嫌あらんが、苟も一人にても抵抗者ある限りは、我兵の安全を犠牲にしてまで攻撃を中止すべき理由あるを知らない。
高橋作衛,遠藤源六述『戦時国際法講義』〔明39〕
『其安全ヲ犠牲トシテモ尚敵ヲ殺戮スルコト能ハスト云フハ実際ニ於テ適用シ難キ議論ナリ尤モ投降シタル者ハ反撃又ハ其ノ他不穏ノ行動ヲ為シ勝者ヲ死地ニ陥ルル如キ不信義ナカルヘキモ是レ絶対的ニ保証セラルヘキモノニ非ス故ニ自衛ノ為メ必要ナル場合ニ於テハ投降ヲ容レス之ヲ殺戮スルコトヲ得ヘキモノト云ハサルヲ得ス唯感情ノ結果殺戮スルヲ不当トスルノミ
佐藤和男氏『南京事件と戦時国際法』
『なお、優勢に敵軍を攻撃している軍隊に対して、敵軍が降伏の意思を示すペき白旗を掲げた場合、攻撃軍の指揮官は、 白旗が真に敵指揮官の降伏意思を示すものであると確信できるまでは、攻撃を続行することが法的に許されており、攻撃を停止しなければならない義務はなく、戦場における自己の安全の確保のために交戦者の主体的判断が尊重される事例となっている。

このような国際法学者の見解から鑑みて、

poirot21thが言うように「指揮官が戦死しても自動的に次の指揮官が決ま」ったとしても、その新しい指揮官のもとで統制がとれているのでなければ「部下の責任を負う指揮官が存在」しないことになります。当然ですね。服従する敵兵と敵対する敵兵が混在していたのでは「部下の責任を負う指揮官が存在」するとは言えませんから。攻撃続行ですね。

当時の中国兵の実態は、国際法なんて概念を持たない匪賊
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-244.html
旧日本軍と違い、中国国民党軍はハインリッヒ・シュネーやラルフ・タウンゼントが指摘しているように匪賊同然でした。リットン調査団は1932年に調査をしました。南京事件はその5年後です。たったの5年でどれだけ変われるのでしょうか?そんなに簡単に変われるのなら今の中国はいったい何?
また、板倉由明氏が指摘しているように、南京防衛軍の一部は地方の農村を突然襲い年頃の男性を捕らえて兵士にされた「即席兵士」だったのです。事実、唐生智は11月28日、外人記者会見で、中国軍は訓練も足りず、規律も良くないので、不祥事が起こるかもしれない、無用の外人は退去されたいと警告しているのです。

このような国民党軍が、唐生智逃亡後も規律を保てていたのでしょうか?
幕府山事件での8000人を統率できる「部下の責任を負う指揮官」(交戦資格四条件の第一)の存在が問題となります。

宮本省吾日記を見てみましょう。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/nanking/Bakufu.html#ch2
『警戒の厳重は益々加はりそれでも〔午〕前十時に第二中隊と衛兵を交代し一安心す、しかし其れも疎の間で午食事中俄に火災起り非常なる騒ぎとなり三分の一程延焼す、午后三時大隊は最後の取るべき手段を決し、捕虜兵約三千を揚子江岸に引率し之を射殺す、戦場ならでは出来ず又見れぬ光景である。』

「非常なる騒ぎになって最後の取るべき手段を決した」とあります。さて、「部下の責任を負う指揮官」がいたらこのような事態が起こったでしょうか?火災が起こったぐらいで軍隊が統制を失うなんて想像できますか?自衛隊を例にして想像してみてください。

そのような「指揮官」が居たとしたら、日本軍は「指揮官」を通じて非常なる騒ぎを未然に静めることができたでしょう。居なかったからこそ、「非常なる騒ぎ」になったのです。唐生智が外人記者会見で述べたように、訓練も足りず規律も良くなかったのですから当然でしょう。

さらにこちらも。(幕府山ではなく、城内の目撃談ですが)

『日本軍入城前の最後の数日間には、疑いもなく彼ら自身の手によって、市民と財産に対する侵犯が行われたのであった。気も狂わんばかりになった中国兵が軍服を脱ぎ棄て市民の着物に着替えようとした際には、事件もたくさん起こし、市民の服欲しさに、殺人まで行った。この時期、退却中の兵士や市民までもが、散発的な略奪を働いたのは確かなようである。』
(エスピー報告 12月10日後の主な報告)

『(12日)夕方には退却する中国軍は暴徒と化していた。中国軍は完全に壊滅した。中国軍部隊は指揮官も無く、何が起こったか知らなかったが、ただわかっているのは、戦いが終わり、何とか生き延びねばならぬと言うことだった』
(ニューヨークタイムズ、ティルマン・ダーディン)

どうしても「交戦資格を満たしていた」と主張したいのであれば、幕府山事件で全体8000人を統制することができた「指揮官」の名前とその統率力を示す実例を示さなければいけませんね。

ゆう氏の挙げた事例【牛島満・第32軍の司令官と長勇・参謀長が戦いの最中に自殺】ですが、この場合、残った兵士の中から「部下の責任を負う指揮官」(交戦資格四条件の第一)が決まり、その「指揮官」の下に統制がとれているのならば交戦資格を満たすことになります。

↓こんなふうに。
実際に日本軍が米軍に投降する映像



こんなくだらない反論するところを見ると、もはや戦時国際法上合法説を覆すことは無理でしょうね。

佐藤和男氏『南京事件と戦時国際法』より
『同じように戦闘中に捕えられながらも釈放された支那兵が多数いたことを見れば(前出『南京戦史』第五表を参照)、日本軍の側に捕えた敵兵を組織的に絶滅させる計画的な意図が無かったことは明白である。』

唐生智逃亡が交戦者資格喪失を意味するか?

【信夫淳平『戦時国際法講義2』p54】
八〇四 民兵及び義勇兵団の戦争法規及び権利義務の適用を受くるに必要なる第一條所規の四條件の第一は『部下の爲に責任を負ふ者其の頭に在ること』である。こは民兵又は義勇兵の動作をして乱雑ならしめず且能く交戦法規を遵守せしむるには、之を統率すべき責任者その頭に在るを必要とするからである。ブルッセル会議の露国原案には、該責任者は本国本営よりの指揮命令の下に立つものたるを要すとの一條件もあったが、これは不採用となった。故に指揮命令の系統関係は必しも問はざるものと解せられてある。ウェストレークは『此に謂ふ責任とは単に有効的取締を行ふの能力(a capacity of exercising effective control)を意味するのみ。』と説く(Westlake, 2, p.65)。
【立作太郎『戦時国際法論』p63】
註(一)の部下の爲に責任を負ふ者が其頭に在るを要するの條件は、頭に在る者が、正規的ならずして、一時的なりとも将校として任命を受けたる者なるとき、若くは其の顕要の地位に在る人なるとき、又は隊中の将校兵士が政府の与ふる証明書又は徽章を携へ、之に依り各箇の将校兵士が自己の責任を以て行動する者に非ざることを示すに足るときは、充たされたるものと認むべきである。但し国家に依る承認は必ずしも必要とする所に非ずして、兵団が自ら編成され、自己の将校を選むことあり得べしと認められるのである。

以上のように、この『部下の為に責任を負ふ者其の頭に在ること』という条件の主旨は、個々の武装組織において責任者が存在し、その責任者の下に組織が統率されていることを意味しているのである。


http://megalodon.jp/2013-0411-1900-01/wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%cb%c9%b1%d2%b7%b3%a4%ce%b8%f2%c0%ef%bc%d4%bb%f1%b3%ca04

参考)
汪兆銘の南京政府軍に編入された中国兵捕虜
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-929.html
日本側は敗残兵をことごとく処刑していたわけではなかった。汪兆銘の南京政府軍に編入された中国兵も多数存在したという事実はよく知られている。

挙証責任はどちらにあるか?
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-828.html

幕府山事件と「審問なき処罰の禁止」について~戦時国際法上合法説
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-871.html

兵士が「捕虜」と呼んだら(日記に書いたら)「捕虜」になれるのか?
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-869.html

唐生智将軍の責任について~大虐殺派の見解
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-877.html

トップへ”南京大虐殺”のまとめ 責任者は蒋介石・唐生智 日本は無罪
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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

http://twilog.org/nomorepropagand

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