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報道規制はあったのか?

「南京事件」と報道規制
http://www.geocities.jp/yu77799/houdoukisei.html
こちらから一部抜萃

『然るに、事変報道に関する軍の意向は、厳粛に之を統制することに努め、軍の発表以外の記事は勝手に之を掲載することは許さなくなつた。事変始まるや、各社競ふて従軍記者を派し、又通信機関を強化拡大して之に備へたのであつたが、軍の統制の厳粛にして、記事を統制されたのには、何れも一驚を喫したのであつた。』
『尤も戦場に於ける将士の美事善行、奮闘の跡などを詳報することは差支えないものとして、多少其処にユトリはあるにはあるが、大体に於て右の次第であるから、戦況報道に於ては、各社其の軌を一にし、何れの新聞を見ても同じものであり、其の間に特殊の優劣もなければ、新味もなくなつて、新聞は全く単調化されたのである。』
(『国論』昭和十二年十一月号 支那事変特集号より)


そもそも報道統制がなされるのは当然ですよ。だって戦争デスもん。
従軍記者が軍の情報を好き勝手に報道したらまずいでしょう(笑)
どこの軍隊でもやることじゃん(笑)

さらに抜萃

『藤原武情報主任少佐参謀が出発直前に、熊本駅長室に従軍記者代表として、大毎記者五島を命令受領に呼び出す。
 「五島、わが六師団はいよいよ出発征途にのぼるが、オレが情報主任参謀としていっさいの報道関係の責任者だ。従軍記者諸君に伝えろ。よいか、軍に不利な報道は原則としていっさい書いてはいかん。現地では許可された以外のことを書いてはいかん。この命令に違反した奴は即時内地送還だぞ。記事検閲を原則とし、とくに軍機の秘密事項を書き送った奴は戦時陸軍刑法で銃殺だ」
というわけで絶対的な軍命令の報道規制で、報道の自由どころか自由な従軍記事報道は許されない。』
(『南京事件の真相』(熊本第六師団戦記)より)


情報主任少佐が五島記者だけ呼び出して告げた事が、報道規制があったことの証拠になるわけ?(笑)

ほかにも、白井茂氏『カメラと人生』、今井正剛氏『南京城内の大量殺人』、などを引用しておられますが、白井茂氏が目撃したのは便衣兵の処刑の現場であろうし、今井正剛氏が目撃したのは合法な敵兵の処刑の現場でしょう。彼らのケースは、たんなる「自主規制」にすぎませんね。

以下、『「南京事件」日本人48人の証言』(阿羅健一著)より

東京日日新聞 金沢善雄カメラマン
『この頃、写真を撮ろうにも動けず、仕方が無いので脇坂部隊長が洗面しているのを撮り、あとでフィルムを本社に送りました。普通、部隊長の写真は発表できなかったのですが、この写真だけは許可されてます。』

東京日日新聞 佐藤振壽カメラマン
『仕事用と個人用カメラを持っていて、個人用のライカは買ったばかりでよく撮ってました。慰霊祭のあとは主に個人用で街を撮ってます。その時、日本兵の死体を撮ってはダメだと言われてましたが、私は死体であろうが何であろうが撮ってました。この時、百枚も撮りましたが、後になって見ても、日本兵が残虐なことをやっている写真は一枚もありません。』

東京朝日新聞 橋本登美三郎上海支局次長
当時の報道規制をどう感じましたか、との問いに、
何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ

大阪朝日新聞 山本治上海支局員
検閲の実態はどんなものですか、との問いに
『検閲のはっきりした基準というものはなく、とにかく軍のこれからの動きがわかるような記事はだめでした。私はその年の四月まで新京支局に居て関東軍の検閲を経験していましたから軍の検閲は大体わかっており、私の持って行くものはほとんどフリーパスでした。』

読売新聞 森博カメラマン
『戦争だから殺しても当然だと思っていたし、戦場ですから死体を見ても気にしていませんでした。ですから話題にしなかったのだと思います。そういうことで記者は突っ込んで取材しようとはしませんでしたし、われわれも軍から、中国兵も日本兵も死体を撮ってはだめだ、と言われていましたから撮りませんでした。死体のことを書いても撮っても仕事にならなかったからだと思います。』

東京朝日新聞 足立和雄記者
今井正剛記者について
『今井君は同じ社会部で接触はありました。親しくはありませんでしたが。亡くなった人のことは言いたくない。』
『今井君は自分で見て書く人じゃなかった。危険な前線には出ないで、いつも後方にいたと聞いている。南京でもカメラマンなど何人か死んでますからね。今井君は人から聞いたことを脚色して書くのがうまかった。筆を走らせるというのかな。しかし、文はうまいとされていた。』

以上『「南京事件」日本人48人の証言』から抜萃

このとおり、一定のルールはあったのです。

「部隊長の写真を撮ってはいけない」
「軍のこれからの動きがわかるような記事はだめ」
「死体を撮ってはだめ」

このようなルールは、南京に限らず、どこにでもあるルールですから、とりたてて南京で報道規制があったとは言えません。そもそも報道規制があったなら、百人斬りの記事はなぜ引っかからなかったのか?ていうか、報道規制するなら何か各報道機関宛ての文書があるはずでしょ?

仮に報道規制があったとしても、欧米メディアまで規制できなかったわけだし、国際委員会のメンバーや外国領事らたくさんの第三国人が居た訳で、目撃者がいるはずなのです。でも目撃者はいなかったのですから事実はかわりません。

ようするに、南京事件の証拠が出せないことの言い訳をせっせと考えている訳なんですね(笑

しかしまぁ、この「ゆう」て奴は人生かけてるよね。白井茂の本まで読んで御苦労なこった ψ(`∇´)ψ
2003年からずーっとこんなことやってるわけだ(笑)


参考)捕虜の処刑は"虐殺"か?~”南京事件”肯定派「ゆう」氏を論破してみました
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n155583

参考)幕府山事件と「審問なき処罰の禁止」について~戦時国際法上合法説
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-871.html

トップへ ”南京大虐殺”のまとめ 責任者は蒋介石・唐生智 日本は無罪
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