唐生智将軍の責任について~大虐殺派の見解

諸君! 2001年2月号 まぼろし派・中間派・大虐殺派 三派合同大アンケートより

質問 10 同事件(南京事件)における中国側の唐生智将軍の責任について、どうお考えでしょうか。

以下、大虐殺派の回答
●吉田 裕 よしだ ゆたか(一橋大学教授)
①多数の難民をかかえる南京市で絶対死守の方針をとったため民間人をまきこむ結果となった責任。
②途中で逃亡し、司令官としての職務を放棄した責任。これによって混乱が倍加されました。
(氏いわく、「逃げる敵を殺すのは虐殺」 昭和天皇の戦争責任などについても論じている。藤原彰の門下。便衣兵を容認)

●高崎 隆治 たかさき りゆうじ(評論家)
唐は、少くとも南京市(行政区としての)の一般市民には司令官として避難命令を出すべきであったと考えます。
(著書「「陣中日誌」に書かれた慰安所と毒ガス」創価学会系)

●笠原 十九司 かさはら とくし(都留文科大学教授)
拙稿「南京防衛軍と中国軍」(洞富雄他編『南京大虐殺の研究』晩聲社)に詳述したように、南京防衛戦の司令長官としては経験と力量に欠け。中国軍の撤退作戦の指揮にも失敗、膨大な投降兵、捕虜、敗残兵を残したことや市民・難民の生命の安全保護への対策に欠けていたため、被虐殺者を多くしたという責任はあるが、ただし、南京事件の主要な責任は、南京に侵攻して、不法な虐殺をおこなった日本軍側にあることは、認識の大前提である。
(1999年から南京師範大学南京大虐殺研究センター客員教授、2000年より南開大学歴史学部の客員教授)

●姫田 光義 ひめた みつよし(中央大学教授)
組織的な抵抗と撤退を放棄した責任は大きい。しかしそれを言えば最高責任は蒋介石にあり、あいまいな命令(死守せよと撤退せよとの間の)の責任を問われるべきだろう。
(1988年3月から89年7月まで中国天津市の南開大学で研究)

●井上 久士 いのうえ ひさし(駿河台大学教授)
撤退命令を出すのが遅すぎた。南京城の死守が事実上不可能になった十二月十一日か十二日に撤退するか。最後の段階で日本軍の無血入城を認めるように交渉すべきであっただろう。
(「中国人戦争被害者の要求を支える会」運営委員長)

●江口 圭一 えぐち けいいち(愛知大学教授)
「清野作戦」、指揮の混乱など、作戦は拙劣をきわめ、事件について責任の一端は免れない。
(92年、中国・天津市の南開大日本研究センターに私財5千万円を寄付)

●藤原 彰 ふじわら あきら(一橋大学名誉教授)
唐が、指揮官として、中途で指揮を放棄して逃亡したのは、きわめて無責任である。
(氏いわく、「朝鮮戦争は韓国が仕掛けた」 毒ガス写真事件について生涯に渡り訂正や謝罪を一度もしなかった)

番外編)南京事件肯定派shpfive
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1076222830
『なお私は、仮に南京大虐殺が全て真実だったとしても、その責任は南京防衛の最高責任者であった唐生智にある、と考えます。』
『なお私は「南京事件」における死傷者数は2~4万人程度と考えています。(中国側による自国民殺傷をカウントするか否かで数字はかわります)』
『ハーグ25条軍事目標主義によれば、南京城内は安全区も含め防守地域であり、攻撃を仕掛けるのも合法ですが、日本軍は安全区に無差別攻撃は仕掛けていません。また中国側は最後まで降伏しておらず、両国間で休戦の合意(ハーグ36、37条)もされていないため、南京が陥落した後も戦闘は継続していたと解釈できます。』

※赤文字は私が推奨するお笑いポイントです。

参考)
虐殺否定派の論客リスト~10万人以上説は”アカ”だらけ
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-853.html

なお唐生智は11月28日、外人記者会見で、中国軍は訓練も足りず、規律も良くないので、不祥事が起こるかもしれない、無用の外人は退去されたいと警告している。部下が何をしでかすかわからん、責任は持てないから退去せよというのである。
http://www.history.gr.jp/~nanking/nanking.html

同席したドイツ軍事顧問団団長のファルケンハウゼン将軍もこれに賛成したが、蒋介石はあくまでも南京を固守するという防衛方針を決定した。蒋介石は唐生智を南京衞戍司令長官(軟禁防衞軍司令官)に任命し、さらに、城壁を堅固にし、城外の同国人の財産・家屋を焼き尽くして敵に一物も与えないという中国伝統の「堅壁清野作戦」を命令、中国軍は南京城近郊の建物や民家が日本軍に利用されないように、これを徹底的に破壞・焼却した。(中略)
日本軍は十二日までに郊外の要衝(紫金山・雨花台・工兵学校など)を占領、その日の午後八時には唐司令官は麾下の軍に退却命令を出すとともに、自らも幕僚とともに脱出した(蒋介石は十二月七日早朝、南京を脱出している)
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-257.html

参考)
南京の中国兵は交戦資格を有していたのか?
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-932.html

挙証責任はどちらにあるか?
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-828.html

幕府山事件と「審問なき処罰の禁止」について~戦時国際法上合法説
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-871.html

兵士が「捕虜」と呼んだら(日記に書いたら)「捕虜」になれるのか?
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-869.html

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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

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