松井石根大将の東京裁判弁護側立証

pepper_collectorさん
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12100890002

『「南京大虐殺」はこうして作られた――東京裁判の欺瞞』 冨士信夫著

東京裁判 弁護側立証

松井石根

当時、自分が我軍将兵の軍紀風紀の粛正、
その他右目的達成のため執った諸般の処置については、
先に証人中山寧人が詳細に証言しているので、再説はしない。
自分の南京占領に対する周到な配慮に拘らず、
占領当時のこうそうたる状態における、
興奮した一部若年将兵の間に忌むべき暴行を行った者があったらしく、
これは自分のはなはだ遺憾とするところである。

ちなみに南京陥落当時、自分は南京を去ること
略々140マイルの蘇州で病臥中で、
自分の命令に拘らずこれら暴行が行われたことは知らず、
また何等の報告に接せず、
17日南京入城後初めて憲兵隊長よりこれを聞き、各部隊に命じて、
即刻厳格な調査と処罰をなさしめた。

ただし、戦時における支那兵および一部不逞の民衆が、
戦乱に乗じて常習的ノ暴行掠奪を行うことは周知の事実であって、
南京陥落当時の暴行掠奪も支那軍民の冒したものも、また少なくなかった。
これを全部日本軍将兵の責任に帰そうとするのは、事実を誣いるものである。

(略)

要するに、自分は南京陥落後昭和13年2月まで上海に在住したが、
その間、12月下旬南京で若干の不祥事件があったとの噂を
聞いただけであって、
何等このような事実について公的報告を受けたことなく、
当法廷で検察側の主張するような大規模な虐殺事件に関しては、
1945年終戦後東京での米軍放送によって、
初めて聞き知ったものであることをここに確言する。

自分は右放送を聞いた後、
我軍の南京占領後の行動について調査を試みたけれども、
当時の責任者は既に死亡し、または外国で抑留処罰され、
諸書類はことごとく焼けてしまったため、
10年前の過去に遡って当時の真相を仔細に
吟味証明することは出来なかった。

しかし、自分は南京攻略戦闘に際して、支那軍民が爆撃、銃砲火等によって
多数死傷したことはあっただろうけれども、
検察側が主張するような、
計画的または集団的虐殺を行った事実は断じてないと信じる。
日本軍幹部がこれを命じ、またはこれを黙認した、というようなことは、
はなはだしく事実を誣いるものである。

(略)

自分は上海帰還後、南京での暴行事件の噂を聞き、
特に12月下旬部下参謀を南京に派遣し、重ねて南京滞在将兵に戒告を発し、
事件の厳重な調査と違反者の処罰励行を命じた。
しかし、自分の離任まで格別重要な報告には接しなかった。

以上)

こちらも参考になります。
http://nanking1937.web.fc2.com/Jourui/22.html
スポンサーサイト

テーマ : 演劇・劇団
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ソクラテス太郎

Author:ソクラテス太郎
アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

http://twilog.org/nomorepropagand

人気ブログランキングへ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
リンク
相互リンク歓迎いたします。左翼の方も大歓迎です。
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR