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『偕行 南京戦史』について。

nanotechnology_styleさん
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12100890002

『偕行 南京戦史』について。

南京戦史は南京攻略戦に従軍した将兵が
中心になって編集したと一般的に認知されているが、その実体は違う。
実は、その編集委員の中に戦場を知らない者が入っていた。

その実態は『ゼンボウ』平成3年9月号で同編集委員、鵜飼敏定氏が
「南京事件を旧陸軍の罪業の一つと位置づけて旧軍の罪業を暴き、
虐殺の数字を検証して日本軍は南京で何万あるいは何千人を虐殺したかを
明らかにする事を「南京戦史」を書く目的とする委員と、
戦史を書く事によって戦争の本質と戦場の実相を明らかにして
南京事件とは何かを問おうとする委員とに分かれたため、
総括者が両者の極端を捨てて、
ほど良いところをとる所謂折中方針によって編集を指導した。
参戦した委員と戦争を知らない委員との史観は相反した。」と述べている。
つまり、戦後のイデオロギーが混入した状況で
編集された『偕行 南京戦史』は、正式な戦史でない事が明らかで、
参考資料の一つ以上のものではない。

2007年3月の「南京問題小委員会」に講師として参加された
青山学院大学名誉教授で国際法が専門の佐藤和男博士は、
『偕行 南京戦史』に記載されている捕虜の処断を検証した。

【1】第9師団歩兵連隊による
安全区掃討作戦において摘出した便衣兵6670名の処断。

【2】第16師団歩兵第33連隊の太平門、下関、獅子山付近で捉えた
捕虜3096人の処断。

【3】第16師団歩兵第30旅団が
南京西部地区警備中に捕らえた敗残兵数千人の処断。

【4】第114師団歩兵第66連隊第1大隊が
雨花門外で捕らえた捕虜1657人の処断。

【5】山田支隊が幕府山付近で捕らえた捕虜数千人の処断。

以上、上記の事例について佐藤氏は、
いずれも戦時国際法違反でないと断定し、
南京問題研究者が素人判断で捕虜の処断を
「虐殺」とする研究に対して苦言を呈した。
http://www.toidatoru.com/pdf/nankin.pdf

佐藤氏が問題ないと断定した上記【1】~【5】の事例は、
中国側も当時、戦時国際法違反があったと国際連盟に提訴していない。

―――――――――――――――――

◆佐藤和男……法学部教授、国際法学者
◆秦郁彦………法学部教授
◆笠原十九司…文学部教授

―――――――――――――――――

『偕行』編集部(加登川)

そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計が
われわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を
全師団正面で一万六千と算定し、
その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。
そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で
約一万五千(スミス調査である)として、
その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した
(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに
両者の違いが出てくるわけである)。

―――――――――――――――――

↓↓↓ いい加減なスミス調査を根拠にしていたりする。

―――――――――――――――――

スミス調査・南京地区における戦争被害

句容県

住民総数 227300人

死因・暴行の総数 8530人(男6700・女1830)

―――――――――――――――――

『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』

12月6日

UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、
きのう句容へ行ってみたが、
人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。

中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。
まったくの「焦土作戦」だ。
農民たちは城内に連れてこられるか、
そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。

―――――――――――――――――

このように句容は1937年12月6日には、
中国軍の「焦土(清野)作戦」によって無人と化していた。

ところが、スミス調査では、
句容で日本軍が8530人を虐殺したことになっている。
shpfiveさん、戦争中に敵兵を殺害してはいけないのですか?

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2007年3月の「南京問題小委員会」に講師として参加された
青山学院大学名誉教授で国際法が専門の佐藤和男博士は、
『偕行 南京戦史』に記載されている捕虜の処断を検証した。

【1】第9師団歩兵連隊による
安全区掃討作戦において摘出した便衣兵6670名の処断。

【2】第16師団歩兵第33連隊の太平門、下関、獅子山付近で捉えた
捕虜3096人の処断。

【3】第16師団歩兵第30旅団が
南京西部地区警備中に捕らえた敗残兵数千人の処断。

【4】第114師団歩兵第66連隊第1大隊が
雨花門外で捕らえた捕虜1657人の処断。

【5】山田支隊が幕府山付近で捕らえた捕虜数千人の処断。

以上、上記の事例について佐藤氏は、
いずれも戦時国際法違反でないと断定し、
南京問題研究者が素人判断で捕虜の処断を
「虐殺」とする研究に対して苦言を呈した。
http://www.toidatoru.com/pdf/nankin.pdf

佐藤氏が問題ないと断定した上記【1】~【5】の事例は、
中国側も当時、戦時国際法違反があったと国際連盟に提訴していない。

―――――――

『南京事件と戦時国際法』 国際法学者 佐藤和夫

五、結論的所見

これまでに概観した戦時国際法の関連法規に照らして、
南京攻略戦での日本陸軍の行動の一部始終(詳述は割愛)を点検すると、
きわめて厳しい軍事情勢の下にありながら、
戦闘部隊が交戦法規の遵守に非常に慎重な考慮を払い、
激戦中にも能う限りの努力をそのために払った事実が明らかにされ、
筆者などむしろ深い感動を覚えざるを得ないのである。

―――――――

◆佐藤和男……法学部教授、国際法学者
◆秦郁彦………法学部教授
◆笠原十九司…文学部教授

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「スマイス調査」って、いい加減ですよね?

スマイス調査
南京地区における戦争被害
句容県 住民総数 227300人
死因・暴行の総数 8530人(男6700・女1830)

―――――――――――――――――

『南京事件の日々――ミニー・ヴォートリンの日記』 12月6日
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、
きのう句容へ行ってみたが、
人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。
中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。
まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、
そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。

―――――――――――――――――

このように句容は1937年12月6日には、
中国軍の「焦土(清野)作戦」によって無人と化していました。
ところが、スマイス調査では、
句容で日本軍が8530人を虐殺したことになっています。

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大虐殺派のウソ写真と証言 http://bit.ly/XaNCtE

南京事件で使用される・ニセ写真 http://bit.ly/WtIVgA
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