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真実を追究せず、政治的決着をはかる秦郁彦

秦郁彦「南京事件」より(初版1986年)
次に南京市民を中心とする一般住民の被害について考察しよう。
この分野は日本側のデータが全くかけていることもあり、スマイス博士の「南京地区における戦争被害」の付表と、紅卍会および崇善堂という民間慈善団体による死体埋葬記録によって推定するほか無い。
(中略)
おそらくアトローシティに関する一般理論の構築は無理で、外的な要因だけで無く、兵士たちの集団心理を組み合わせて内在的に追従しないと結論は出ないだろうと思うが、この点で参考になるのは、曽根一夫氏の近著と早尾軍医の報告書であろう。
12年8月、上海に上陸して激戦場を生き抜き、、南京へ向かう追撃戦に参加した後、徐州武漢と中国戦場を転戦した体験を綴った『私記南京虐殺』(正続)は、略奪、強姦、殺人を含む自身の虐殺行為を率直すぎるほどの姿勢で語るとともに、そこに至る兵士たちの心情を冷静に記録している点で、類書に無い特色を持つ
(中略)
現地軍の要請で法務部、憲兵隊の協力を得て「将兵中に頻発セル犯罪事件」の原因究明に当たった上海第1兵站病院の早尾乕雄予備軍医中尉(金沢医科大学精神科教授)が作成した「戦場神経症並びに犯罪について」(昭和13年4月と題する報告書も、曽根氏の観察をほぼ裏付けている
(中略)
たとえば強姦については、次のように(早尾軍医の)ユニークな分析がある。
「戦闘休止し精神に余裕を生じ休養の効果あらわるるとともに睾丸の組織は状態に復旧す。ここにさらに精神の緊張失はるるをもって性欲勃然として起こるは当然なり。餓鬼とならざるを得ず。これ強姦の流行せし所以なり。これをあえてせざるはその人の修養の厚きを物語るものとす」
(中略)
筆者としては、スマイス調査(修正)による一般人の死者2.3万、捕らわれてから殺害された兵士3.0万を基数としたい。しかし不法殺害としての割引は、一般人に対してのみ適用(2分の1か3分の1)すべきだと考える。つまり3.0万+1.2万(8千)=3.8~4.2万という数字なら、中国側も理解するのでは無いか、と思うのである。
(中略)
日本が満州事変以来、十数年にわたって中国を侵略し、南京事件を含め中国国民に多大の苦痛と損害を与えたのは、厳たる歴史的事実である。それにもかかわらず、中国は第二次大戦終結後、百万を超える敗戦の日本兵と在留邦人にあえて報復せず、故国への引きあげを許した。昭和47年の日中国交回復に際し、日本側が予定していた賠償も要求しなかった。当時を知る日本人なら、この二つの負い目を決して忘れていないはずである。
(中略)
数字の幅に諸論があるとはいえ、南京で日本軍による大量の虐殺と各種の非行事件が起きたことは動かせぬ事実であり、筆者も同じ日本人の一人として中国国民に心からお詫びしたい。そして、この認識なしに今後の日中友好はあり得ない、と確信する。
(引用終わり)

「中国側も理解するのでは無いか」「二つの負い目」という言葉にもあられているように、彼は真実を追究すると言うよりも政治的決着点を見いだそうとしています。「無かったかもしれないけど日本を守ってくれた祖先に冤罪を着せても中国様に納得してもらえることが大事」と考えているのです。

4万人説の秦郁彦氏の著書ですが、上記の通り、「一般理論の構築は無理」と明言していますが、そんな中で、「類書に無い特色を持つ」と特別に信頼を置いていたのが曽根一夫氏の著書でした。

しかし、彼はどうやら捏造作家だったようです。

再審「南京大虐殺」 世界に訴える日本の冤罪
曽根一夫という人物は「手記」を出版し、そのなかで南京戦と南京陥落後の虐殺事件の実行と目撃談を書いている(『続・私記南京虐殺』など)。しかし、この人物は手記のなかで自らを歩兵の分隊長と称しているが、実際は砲兵の初年兵であった。砲兵は、一般に歩兵とは違って第一戦での戦闘に参加することはなく、実際に曽根が所属した部隊(第三師団野砲兵第三連隊)は、南京戦では後方に位置した部隊であり、中国兵を間近に見るという戦闘には参加していない。また、入城式には彼の属する部隊の一部が参加しただけで、部隊そのものは南京城内に入ってもいない。従って、彼が書いているような虐殺を南京やその近郊で見ることも実行することも不可能であり、南京戦中、行動をともにした戦友もそうした虐殺行為を目撃・実行することはあり得ないと証言している。つまり、曽根の「手記」そのものがまったくの創作だということである。
(引用終わり)

秦郁彦自身ものちに増補版で認めている。
秦郁彦「南京事件」の増補部分より(増補版2007年)
元参戦兵士の中には、マスコミや運動体に担がれて不正確かつ誇大に罪行を告白する語り部として登場する例が少なくない。田所耕三、中山重夫、曽根一夫、舟橋照吉等で戦友会などとトラブルを起こしているが、最も有名になったのは東史郎上等兵(第16師団歩20連隊第3中隊)であろう。
(引用終わり)

曽根一夫氏に関しては板倉由明氏も批判しています。
板倉由明「本当はこうだった南京事件」p235より
『間違ってもらっては困るが、筆者が秦氏に要求しているのは、単なるレイプ場面の削除ではなく、曾根一夫手記全部の削除なのである。』
※ちなみに、秦氏は板倉氏の著書にあとがきを寄せ、「これほど頼りになる友人は居ない」「彼とは良い意味での論敵であり、ライバルでもあった」と板倉氏を評価しています。


こういう図式(ザンゲ屋)は、他にも例があります。「従軍慰安婦」で吉田清治という捏造作家がいました。日本軍の悪事を捏造すると金になるということですね。

吉田清治:いわゆる従軍慰安婦問題の発端となった『私の戦争犯罪』を上梓した。1996年5月29日付の週刊新潮インタビューで、吉田は「本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」と認めた。

曽根一夫と言う人物が『私記南京虐殺』を出版した動機というのは吉田清治と同じだと考えられます。こんな作家の手記を虐殺肯定論の中心に据えて論理展開した秦郁彦氏の主張そのものが根底から崩れたと言うことです。

そして、「曽根氏の観察をほぼ裏付けている」と評価した早尾軍医の分析についての史料批判についても秦氏の信憑性が低下したことは言うまでもありません。
戦闘休止して休養の効果が現れて性欲が起こるのは当然と言えば当然ですが、だからといって強姦しますか?
こんな理由で強姦がおこるなら、南京だけで無く他の占領地でも強姦が多発しているはずですが。結局、秦氏はこんな稚拙な分析を真に受けて理論を構築していると言うことです。


秦郁彦「南京事件」の増補部分より(増補版2007年)
南京事件における日本軍の不法行為による犠牲者数は、今となっては「神のみぞ知る」としか言いようがない。とくにスマイス報告以外には手がかりのない民間人(一般人)の計数は、今後も新たな展開は期待できない。秦は本書の初版が出た1986年の時点で0.8万から1.2万人と試算し、軍人捕虜の不法殺害3.0万に足して、全数を3.8万から4.2万人と推計した。それから約20年後の時点で再推計を試み、表10-1のように、戦死者と脱出成功者の計数を入れ替えたが、民間人の不法殺害0.8万から1.2万の中間値をとって1.0万とし、総数を4.0万とした程度にとどまった(表10-2参照)。なお旧版では特記しなかったが、この計数は新資料の出現などを予期し、余裕を持たせたいわば最高限の数字であった。
この20年、事情変更をもたらすような新資料は出現せず、今後もなさそうだと見極めがついたので、あらためて四万の概数は最高限であること、実数はそれをかなり下回るであろうことを付言しておきたい。
(引用終わり)

逆に言えば、こんな嘘八百のデタラメを根拠に使わなければ南京大虐殺4万人説を構築できない、4万人説ですらもはや崩壊した、ということです。

>>>虐殺否定派の論客リスト~戦場で兵士が死んで、なぜ虐殺なのでしょうか?
>>>スマイス調査は日本軍による虐殺の証拠たりえるか?
>>>崇善堂の11万埋葬のウソ
>>>日本人居留民大量殺害「通州事件」と冀東防共自治政府の裏の国民革命軍
>>>都城23連隊と南京大虐殺 ― これが朝日新聞の実態 ―
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テーマ : 歴史認識
ジャンル : 政治・経済

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