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南京虐殺されたとされる南京市民

日本軍が南京を陥落する前に、南京市民は大移動していたのか?

十一月十四・十五日、国民政府は作戦会議を開き、南京で日本軍と戦うか、それとも南京を放棄して他の場所で戦うかを論議した。席上"南京放棄論"が多数を占めた。

同席したドイツ軍事顧問団団長のファルケンハウゼン将軍もこれに賛成したが、蒋介石はあくまでも南京を固守するという防衛方針を決定した。蒋介石は唐生智を南京衞戍司令長官(軟禁防衞軍司令官)に任命し、さらに、城壁を堅固にし、城外の同国人の財産・家屋を焼き尽くして敵に一物も与えないという中国伝統の「堅壁清野作戦」を命令、中国軍は南京城近郊の建物や民家が日本軍に利用されないように、これを徹底的に破壞・焼却した。

そして十一月十五日、蒋介石は首都を南京から重慶に移すことを決定、十六日にこれを宣言するとともに、一切の政府機関は南京から撤退するよう命じた。国民政府の要人たちは二十一日までに南京を出発、次いで二十七日には南京在留外国人に対して避難勧告を発した。政府高官は車に満載した家財道具とともに先を争って南京から脱出し始めた。

城内には南京防衛の中国軍将兵と脱出する術のない難民が残された。

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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:ソクラテス太郎
アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

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