インドネシアの抑留所で軍属として働いていた朝鮮人がオランダによる軍法会議でBC級戦犯に

オランダによるバタビア軍法会議でBC級戦犯になった朝鮮人について、いろいろ抜粋してみました。
・抑留所で捕虜などの監視をしていた朝鮮人がたくさんいたこと。
・彼らの多くが戦犯とされたこと。
・オランダによる軍法会議がずさんだったこと。
などがわかります。

『日本人戦犯の責任を軽減するつもりは毛頭ないが、占領地域で最も嫌われたのは、このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だった』
「ニッポンは誤解されている」アルフレッド・スムラー p.119

『一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりももっと凶暴だった』
「日本軍は香港で何をしたか」謝永光 p.36



内海愛子「朝鮮人BC級戦犯の記録」(勁草書房)より


朝鮮人戦犯一四八人のうち、軍人は三人のみ、この三人はフィリピンの俘虜収容所長だった洪思翊中将(死刑)とフィリピン山中でゲリラ戦を戦った二人の元志願兵(有期刑)である。残る一四五人のうち、中国大陸で通訳として徴用されていた一六人(死刑八人、有期刑八人)を除くと、残る一二九人全員が、俘虜収容所の監視要員として集められた軍属である。
(中略)
監視要員として集められた朝鮮人青年は3000人、そのうち129人が戦犯となっている。100人に4.3人の割合である。

(「はじめに」より)


崔善燁(日本名:山本善燁)さん

崔さんにとって、カボチャは日本軍軍属として徴用された三年間の軍隊生活、戦犯として飢えと絶望の間を彷徨した七年間の象徴とも言えるのかもしれない。
(中略)
花の都バンドンは、東洋のパリと称されるほど美しい街である。赤道直下にありながら、海抜700メートルのバンドンは、涼しい高原都市であり、かつては、オランダ人の避暑地だった。ちょうど真夏の軽井沢のような街と考えればぴったりする。食料が豊富で、気候は爽やか、軍属たちは金も持っていた。最初は、戦地手当も含めて50円ほどになったが、朝鮮の家族に仕送りしていたので、小遣いは月々20円か30円だった。それでも日本人の兵隊が7円の月給しか貰えないときに、その金は大金である。酒保もあるし、兵隊慰安所も開設されていた。朝鮮から連れてこられた女性が慰安所として働かされている。異郷の地で”うちの国のひと”と出会ったときの気持ちは、何とも表現のしようがないほどだとある朝鮮人軍属は語っていた。懐かしいとかうれしいとかそんな単純なものではなく、何かこう胸がキューとしめつけられるような感情がこみあげてきたという。日本帝国主義の戦争に狩り出された者同士の哀しい気持ちが相通じることもあったろうし、”自分たちの言葉”で話し合えるうれしさもあっただろう。バンドンでの勤務は、週一回の外出も出来たし、酒を飲むことも、慰安所へ通うことも出来た。
東北農家出身のある日本人の下士官は「浦島太郎の竜宮城みたいなもんだべ」と語っていたが、月給7円の彼にとって“竜宮城”ならば、20円も30円もの小遣いが自由になる軍属にとっては、日本人下士官の蔑むような視線さえなければ、バンドンは、まるで“天国”のようだったに違いない。
』p.56


登録されていた「敵国人」が全員収容されるのは44年3月、戦局が悪化し、連合国の「後方攪乱」が本格化してからである。十一万人の抑留者の警備は、日本人、朝鮮人の手では、とても担いきれない。そこで3000人のインドネシア人を兵補として採用し、彼らに訓練を施し、警備にあたらせることになったのである。この訓練に朝鮮人軍属があたった。日本語で、時にはマレー語で自分たちの習ったものを、今度は崔さんたちがインドネシア人に教えた。
兵補の教育は三ヶ月、殴られながら日本の軍隊教育を身につけてきた朝鮮人軍属が、今度は教える側にまわる。軍隊で初年兵の教育に当たる一等兵か上等兵の地位についたのと似たような状態である。訓練の中で、インドネシア人兵補はかなり殴られたようだ。頬をさすりながら、40年前のビンタの痛みを語ってくれた元インドネシア人塀保もいた。
三ヶ月の兵補訓練が終わると、崔さんの勤務は中部ジャワのスマランになった。5000人のオランダ人、混血の女性を、日本人将校一人、下士官一人、朝鮮人軍属二人(のちに三人増員)そしてインドネシア人兵補一五人で、管理しなければならない。敗戦までの二年間、スマランにある最大の抑留所、「ジャワ抑留所第二分所第四分遣所」に崔さんは勤務することになった。女ばかりの5000人のキャンプである。
』p.61


崔さんも殴打があったことは認めている。5000人が全員、よく規則に従い、命令に忠実なことはありえない。従わない者に”力”、具体的には日本軍の権力を背景にした暴力によって、従わせることをやったのである。崔さんも告発が全て嘘と言ってはいない。しかし、三分の一は嘘だったという。
朝鮮人軍属の人たちがよく言うのは、同じ殴ったと起訴されても、どの人を殴ったかによって刑が違っていたということである。
(中略)
崔さんの勤務した抑留所でも、所長、警部そして、崔さん、さきの金基同、金玉銅、朴丙讃、が戦犯となっている。勤務していた日本人、朝鮮人が全員戦犯という、考えられないようなことが、抑留所関係の裁判にはあった。
』p.195

崔善燁(日本名:山本善燁)さんの起訴状
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BC級戦犯裁判判決と朝鮮人戦犯数
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俘虜収容所裁判国別戦犯者(日本人と朝鮮人の比率)
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以上、内海愛子「朝鮮人BC級戦犯の記録」より



林博史「BC級戦犯裁判」(岩波新書)p.96より
『オランダの資料によると、バタビア裁判で裁かれた118件362人のうち、軍抑留所勤務者が47件56人(内朝鮮人21人)、俘虜収容所勤務者が22件56人(内朝鮮人25人)を占めている(内海愛子「禍害と被害」)。それ以外の勤務者のケースも含めて、バタビア裁判の被告の圧倒的多数は、西欧民間人に対する犯罪で裁かれている。スマトラのメダン裁判も同様である。ジャワのスマランなどで抑留者の中から若い女性を強制的に日本軍「慰安婦」にした、いわゆる強制売春事件もバタビア裁判で裁かれている。』

同書p.61より
対日BC級戦犯裁判の裁判国別結果概要
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以下、大森淳郎・渡辺孝「BC級戦犯 獄窓からの声」(NHK出版)より
韓国人元BC級戦犯金哲基(キムチョルギ)について

太平洋戦争が終わり、連合国は日本を含めたアジア51カ所でBC級戦犯裁判を開いた。その多くが東南アジアに集中しており、シンガポールもバタビア(現ジャカルタ)もその一つである。それぞれの地域で裁かれた二人は朝鮮半島出身者であり、同じ背景を背負っていた。ともに捕虜監視員として働き、BC級戦犯として裁かれたのである。二つの文書はオーストラリアとインドネシアから入手した李鶴来と金哲基の裁判記録だった。
p.69

(中略)

オランダ軍の裁判では通訳が十分ではなく、金はイエスかノーしか答えられなかったという。
裁判記録に残された検察官の起訴状には金の行為が任務の範囲を超えていたとある。しかし、合同裁判で金は自分の思いを主張できなかったと感じている。
「俺が何を言える?何も言えなかったよ。裁判官が言いたいことだけ言って、裁判を終わらせた。自分たちのやりたい放題で、俺のことを決めたんだよ。」
48年1月、金哲基に判決が下された。任務を超えた暴力行為が捕虜虐待に当たるとされ、10年の有期刑が言い渡された。その後、6年の刑に減軽されるものの、自分が戦犯として裁かれたことは現在も咀嚼し切れていない。
「なんで俺は何もやっていないのに戦犯として牢屋に入らないといけなかったのか」
p.147

(中略)

金哲基はチピナン刑務所に三年間収監された後、692名の蘭印関係戦犯(飯田進もその一人)と一緒にスガモプリズンに送られることになる。この692名の中に元ジャワ方面軍司令官の今村均陸軍大将がいた。今村が帰国直後にスガモプリズン内で発行されていた「すがも新聞」に寄せた記事の中に彼ら朝鮮人戦犯について触れた箇所があるのでそれを引いてみたい。

私共の中には、六十余名の韓国出身の青年がをります。戦時中、私共と一緒に戦務に従事し、各々職務のために戦犯の累を蒙った人々で、爪蛙では内地の者と一心同体になってやってきた人々です。どうかこの人々にも内地のもの同様に万事よろしくお世話下さるやうお願ひ申し上げます。
蘭印関係者一同
代表 今村均

p.148


オランダによるBC級戦犯裁判
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-1410.html

「慰安婦と戦場の性」秦郁彦(インドネシア関連記述
http://nomorepropaganda.blog39.fc2.com/blog-entry-1305.html
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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
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