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憲法九条と不戦条約(パリ条約またはケロッグ=ブリアン条約)

憲法9条の成立経緯 西修 より、憲法九条と不戦条約の関係について述べた部分を抜粋
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/17315/jfku062-02.pdf
p.21-22
上述の文書のうち,とくに注目されるのは,マッカーサーが放棄すべき戦争として,「紛争解決の手段としての戦争」のみならず,「自己の安全を保持するための手段としてさえもの戦争」をあげていることである。前者は,1928年の不戦条約を受けたものであることは明らかである。前述したごとく,同条約1条には,締約国は,「国際紛争を解決するための戦争を非とし」,同時に「国家政策の手段としての戦争を放棄すること」が規定されていた。この不戦条約を共同に提案したアメリカの国務長官・ケロッグおよびフランスの外務大臣・ブリアン(それゆえ同条約は,しばしばケロッグ・ブリアン条約と呼ばれる)によれば,「紛争解決の手段としての戦争」を「自衛戦争および制裁戦争を除いた不法な戦争,すなわち侵略戦争」を意味するものであると説明したという。
マッカーサーは,当然にこのことを知っていた。そのうえで,さらに「自己の安全を保持するための手段としてさえもの戦争」をもノートにあえて書きこんだのであった。このことは,マッカーサーが侵略戦争だけでなく,自衛戦争をも禁じることを日本国憲法に求めていたということである。この点は非常に重要であり,とくに銘記しておく必要がある。

p.33-34
問い(西)「あなたは,マッカーサー・ノートの全面的戦争放棄を,部分的戦争放棄に変更なさったそうですが,事実でしょうか。」
答え(ケーディス)「その通りです。私は例の黄色い紙<マッカーサー・ノートを指す>に書かれていた『自己の安全を保持するための手段としてさえも(even for preserving its own security)』という文言を削除しました。そしてその代りに,『戦争』のみならず,『武力の行使または武力による威嚇』をも放棄するよう加えました。なぜならば,『自己の安全を保持するための手段としての戦争』の放棄まで憲法に規定すれば,日本は攻撃されてもみずからを守ることができないことになり,このようなことは現実的ではないと思えたからです。私は,どの国家にも,自己保存(selfpreservation)の権利があると思っていました。日本は,他国の軍隊に上陸された場合,みずからを防衛することは当然できるはずです。ただ座して待ったり,侵略者に我が物顔でのし歩かせる必要はないわけでしょう。」
問い「当時,あなたは9条について,ケロッグ・ブリアン条約を思い浮べられたそうですが,この条約は,侵略戦争は明確に否定しているけれども,自衛戦争は否定していませんね。
答え「はい。その条約が1928年に署名されたとき,私は深い印象を受けました。そのとき私はロー・スクールに在籍していましたが,『これで平和の時代がやって来る』と思ったものです(笑)。マッカーサー・ノートには,『いかなる日本の陸,海,空軍も決して認められない』と書かれていましたが,私はそれに『その他の戦力』という字句をつけ加えたのです。ですから,それはケロッグ・ブリアン条約より進んだものになりました。」
問い「少し細かい質問になりますが,あなたは,『戦争』のみならず,『武力による威嚇または武力の行使」も放棄するよう明記されました。それはどうしてですか。」
答え「たしかケロッグ・ブリアン条約か国連憲章にそのような表現があったと思いますが。ただ当時それをみることができず,いまも持ち合わせていませんので,確認したわけではありません。」

p.71-72
第9条の規定が戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは,国際紛争の解決手段たる場合であつて,これを実際の場合に適用すれば,侵略戦争といふことになる。従つて自衛のための戦争と武力行使はこの条項によつて放棄されたのではない。又侵略に対して制裁を加へる場合の戦争もこの条文の適用外である。これ等の場合には戦争そのものが国際法の上から適法と認められているのであつて,1928年の不戦条約や国際連合憲章に於ても明白に規定してゐるのである。
※芦田均『新憲法解釈』からの引用部分


『滅びゆく国家』(日経BP社 2006年)立花隆 より
http://james.3zoku.com/kojintekina.com/monthly/monthly60903.html
そしてさらに歴史をさかのぼってみると、憲法第9条のもっとも古い先祖を見つけることができる。1928年の「不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)」がそれで、その1条と2条は、憲法第9条と実質的にまったく同じ規定なのである。

『本当は恐ろしい日本国憲法』(ビジネス社)長谷川三千子・倉山満 より
日本国憲法第九条の第一項は、「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄していますが、これはあくまで、1928年の不戦条約に謳われる戦争放棄です。(長谷川氏の発言部分)

『国際連合という神話』(PHP新書)色摩力夫 より
国際社会のいわゆる戦争非合法化の試みとは、1919年成立の「國際聯盟規約」により始まり、1928年の「不戦条約」により原則として戦争放棄が合意され、ついに1945年の「国連憲章」により確認されたことになっている。

集団的自衛権の行使はなぜ許されないのか/阪田雅裕(元内閣法制局長官)
http://www.chukai.ne.jp/~tottori9jo/etc/syudan.pdf
第1項の武力の放棄ですが、実は1928年のパリ条約、いわゆる不戦条約にも、戦争に限ってですが、似たような表現で書かれていて、その考え方を引き継いで国連憲章も第2条の第3項、第4項で武力行使を禁止しております。

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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

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