集団的自衛権と国連憲章




色摩力夫「国際連合という神話」より

「集団的自衛権」という語は、国連憲章によって初めて登場した概念である。昔はそのような言葉はなかった。その故に「集団的自衛権」は国連によって創設された権利であり、本来の自衛権が新たに拡張されたものであるとする学説がある。はたしてそうであろうか。それは一見もっとものようではあるが、実はそうではない。

なぜならば、その表現は確かに新しいものではあるが、その中身は昔から存在していたものだからである。それは、国連憲章以前には「軍事同盟」という概念で説明されていたものである。厳密に言えば、「軍事同盟」とは、友好国間で一方の同盟国が戦争の事態に陥ったとき、他方の同盟国が条約上の義務により参戦するという合意である。しかも、条約上の義務が無くとも、友好国の安全が危殆に瀕して自国も間接の脅威にさらされる場合には、その国が自発的に参戦することも珍しくなかった。そして、これも合法的な戦争行為と見なされていたのである。つまり、これは現行の「集団的自衛権」の概念と変わるところはないといえる。従って、国連憲章第51条の規定は従来の「自衛権」を拡張解釈したものでもなく、それとは別に新しい権利を創設したものでもないことになる。

ところでこの「集団的自衛権」なるものは、同じ国連憲章の中で驚くべき変身を遂げる。その変身とは、第52条の「地域的取極または地域的機関」を根拠とするものである。

第52条 1 この憲章のいかなる規定も、国際の平和及び安全の維持に関する事項で地域的行動に適当なものを処理するための地域的取極又は地域的機関が存在することを妨げるものではない。但し、この取極又は機関及びその行動が国際連合の目的及び原則と一致することを条件とする。

この「地域的取極または地域的機関」の規定は、国連というグローバルな機関の中で、地域的なグルーピングの結成を認めることを意味する。つまり、国連は初めから国際社会の細分化を公然と容認したことになる。このことは先の「國際聯盟」とは際だって対照的である。(中略)

ところが国連憲章の「集団的自衛権の規定」と「地域的取極または地域的機関」のそれが結合するとどうなるのか。それこそ、昔の「軍事同盟」が公然と名前を変えて復活することになる。それが実は戦後花盛りとなる「地域的集団安全保障制度」だったのである。その典型的な実例が、欧州における西側の「北大西洋条約機構(NATO)」であり、東側の「ワルシャワ条約機構」である。(中略)

ところで、「集団的自衛権」については、先ずその特異な「出生の秘密」を解明しておかなければならない。「集団的自衛権」の本質の理解にきわめて有用と思われるからである。
「集団的自衛権」の実質はともかく、その呼称はじつに国連憲章が初めて創り出したものであることはすでに述べた。問題は、その経緯ないし理由である。米国などの戦勝四大国が用意していた「草案」には、その萌芽さえなかった。では、どこの国の発議だったのか。発議とまではいかなくとも、その理念を主張したのはいずれの向きだったのか。それはじつにラテン・アメリカ二〇カ国だったのである。

1945年国連憲章作成のためのサン・フランシスコ会議が開催される少し前に、ラテン・アメリカ諸国は、米国の参加を得て、メキシコ市郊外のチャプルテペック城で「戦争と平和の問題に関する全米会議」を開催している。その会議の結論の一つが「チャプルテペック議定書」である。これは法的文書ではなく政治的文書であるが、すでにそこには地域的機関の結成と集団的相互防衛機構の設立を原則的に合意していたのである。ちなみにその二つの政治的合意は、1947年の「米州相互援助条約(リオ条約)」の締結と1948年の「米州機構」の成立により、法的措置として実現している。

このような背景から、サン・フランシスコの国連憲章作成会議においてラテン・アメリカ諸国は、諸大国の支配する安全保障理事会の広範な権限に反発することになる。叩き台となった諸大国の「草案」のままでは、「チャプルテペック議定書」による合意が全て自動的に否定されることになるからである。このようなラテン・アメリカ諸国の立場は、意外に広く共感を得ることになる。(中略)

ラテン・アメリカ諸国が特に激しく反対したのは、加盟国による「自衛権」の行使を、安全保障理事会の完全な統制下におくことだった。緊急の場合、安全保障理事会の介入に先行して「自衛権」を行使することは意外にすんなりと広く賛成を集めたが、問題は、集団的相互防衛による武力行使の取り扱いである。それも本当に「自衛権」の行使と認められるのか、明示的に規定せよ、というのである。その結果、サン・フランシスコ会議は一つの妥協案に合意することになる。それは、(1)第51条(自衛権)の中で、地域的レベルの集団的自衛の措置を認め、(2)第52条(地域的取極)においては、国際紛争の平和的解決には地域的レベルの行動に優先権を認めるというラインだった。

かくして第51条に、「個別的または集団的自衛の固有の権利」という字句が入ることになった。つまり「集団的自衛権」が明示的に規定されたわけである。ただし、第51条には「地域的取極」とか「地域的機関」の字句はない。しかしながら、第51条の条文が確定される際に、ラテン・アメリカ諸国のリーダーだったコロンビア代表が、「集団的自衛権の規定の起源は、全米システムのごとき地域的システムを維持する必要性と全く同じ事である」と発言している事実がある。

以上




小林節「白熱講義! 日本国憲法改正」 (ベスト新書)p.79より

「集団的自衛権」とは、同盟国同士の同盟関係を世界に明らかにすることによって、どちらかが侵略されたら、双方の同盟国で押し返すことである。

以上


浦田一郎/「ハンドブック集団的自衛権」より

集団的自衛権の実際を見てみると、北大西洋条約機構(NATO)や旧ワルシャワ条約機構のような軍事同盟体制は集団的自衛権によって根拠づけられています。

以上
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