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韓国人の日本に対する感情とは~復讐の「激情」~エーリッヒ・フロム

韓国の経済が順風満帆なら、今のように反日一辺倒にはなっていないだろう。

韓国経済を立て直す方策が無い故に、過去をほじくり返して謝罪を要求する。

そしてその次には賠償を持ち出す腹なのではないでしょうか?



エーリッヒ・フロム「悪について」より

欲求不満に由来する攻撃性と関連して<ねたみ>と<嫉妬>から生まれる敵対行為がある。嫉妬も妬みも欲求不満の特別な種類である。それはBがAの欲しいものを持って居るとか、Aが愛されたいと思っている人に、Bが愛されているというようなことが原因となっている。Aが欲しがっていても所有できないものをもらうBに対して、Aの心中に憎悪や敵意が起こる。妬みと嫉妬は欲求不満であって、Aは望むものを手にできないということばかりでなく、他の人がその代わりに手に入れるという事実によって強化される。自分の過失ではないのに愛されなくなったカインが、可愛い弟を殺す物語や、ヨセフとその兄たちの物語は、嫉妬と妬みの古典版である。精神分析の文献は、この同じ現象に関して多くの臨床的資料を提供している。
反動的「激情」に関係はあるが、病理学の方向に一歩進んでいる「激情」のタイプは<復讐の「激情」>である。反動的「激情」においては、その目的は脅迫されている危害を避けることにあるので、この「激情」は生きていくという生物学的機能に役立つものである。ところが復讐の「激情」では、その危害はすでに与えられてしまっているので、その「激情」には防衛の働きはない。それは現実になされてしまったことを、魔法のようにもとへ戻すという非合理的な働きを持つ。我々は原始的集団または文明的集団の中ばかりでなく、個人の中にも復讐の「激情」を見いだす。この種の「激情」の非合理性を分析することにより、我々の理解をさらに一歩前進させることが出来る。復讐の動因は、集団または個人の持つその強さと生産性とに反比例する。無能な者や不具合者は自尊心が傷つけられたり砕かれると、その回復の手段として頼れるものはただひとつしかない。つまり「目には目を」というたとえのように復讐することだけである。一方、生産的に生きている人にはそういう必要はほとんどない。たとえ傷つけられ、侮辱され、損害を与えられても、生産的に暮らしている過程そのものが過去の傷を忘れさせる。生み出す能力というものは、復讐の欲求よりも強いことがわかる。この分析が正しいことは、個人及び社会のスケールにおける経済的資料によって、容易に立証することができる。

以上
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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:ソクラテス太郎
アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

http://twilog.org/nomorepropagand

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