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中越戦争の本当の理由~鄧小平の権力闘争




岡田英弘著『この厄介な国、中国』(WAC BUNKO)より

中越戦争は国際関係論の常識からすれば、確かに説明のつかないことである。ベトナム戦争において、中国は北ベトナムを支援した。そして、その後に成立したベトナム社会主義共和国とも中国は友好関係にあった。攻め込まれたベトナムにとっても、中国にとっても、この戦争は何の意味もない戦いだった。

だが、この中越戦争によって得をする人物が一人いた。それは、
鄧小平であった。彼にとってだけは、この戦争は「意味のある戦い」だったのである。

1997年に亡くなった鄧小平は、共産党政権の中で二度の失脚を体験した男である。一回目は文化大革命で、実権派と批判された劉少奇に連座して失脚。二回目は1976年に周恩来が死んだ直後のことである。周恩来を追悼するために人民英雄記念碑に花を捧げていた民衆を政府が大弾圧し、広場がくるぶしの深さまで血の海になったという、いわゆる第一次天安門事件が起こった。鄧小平はその責任を負わされて、副総理の職を解職されたわけである。

さて、その二回目の失脚から鄧小平が復活するチャンスを与えたのは、アメリカとの国交回復であった。当時のアメリカ大統領ジミー・カーターが米中国交樹立を狙っていることを知った鄧小平は、これこそが自分が中国共産党指導者として返り咲くチャンスであると考えた。

当時は、文革の残党である華国鋒らがまだ実権を握っていて、鄧小平は彼らとの間で熾烈な権力争いを繰り広げていた。だが、もし、ここで鄧小平が大国アメリカのバックアップを得ることができれば、華国鋒らを追い落とすことが可能になる。そこで鄧小平はブレジンスキー大統領補佐官の申し入れに積極的に応じて、米中国交樹立の約束を取り付け、それによって党内の権力闘争に勝ったのである。
赤い皇帝と呼ばれた鄧小平の権力は、この瞬間に生まれたと言っても過言ではない。

鄧小平にとっての米中交渉とは、言うまでも無く自己の権力獲得のためにある。彼にとってはアメリカの後ろ盾を得ることだけが目的なのだから、アメリカの言うことなら何でも聞くつもりでいた。
このとき、アメリカ側が米中交渉の最大の難所であると考えていたのは、台湾問題である。アメリカとしては、中国との国交樹立後も、台湾の独立を維持したい。だから米中国交樹立の条件として、台湾の独立尊重の保証を鄧小平に求めたのである。鄧小平はそれを聞くなり、ただちに条件を呑んだ。

といっても、中華人民共和国憲法の前文に「台湾は中国の神聖な領土である。我々は必ず台湾を解放し、祖国統一の大義を成し遂げなければならない」と明記されている以上、アメリカが台湾との関係を維持することをあからさまに認めるわけにはいかない。

そこで鄧小平が考えたのは、いかにも中国人らしい解決策であった。それは「中華人民共和国憲法でうたわれている『祖国統一』とは、なにも台湾が中国領になることを意味しない。台北と北京の間に平和的な関係が樹立され、両国民が自由に往復できるようになれば、それも祖国統一なのである」ということであった。つまり、祖国統一という言葉の解釈を、全く別のものにしてしまったのである。

もちろん、これは彼の独断によってなされたことで、党の承認を経たものではないが、どうせ米中国交樹立によって、鄧小平は党の実権を握るのだから、彼にとってそんなことは枝葉末節の問題であった。さて、この米中交渉の折、鄧小平はアメリカの歓心を得るために一つの約束をしたと伝えられている。アメリカにとって敗戦の苦渋を味わわされた忌まわしい相手であるベトナムに戦争を仕掛けることで、自分のアメリカへの誠意を見せようというのである。

鄧小平にとって、中越戦争は別の利点もあった。結果的に中国軍のベトナム侵攻作戦は失敗したが、鄧小平は、この作戦失敗の責任を人民解放軍首脳に転嫁したのである。彼は将軍たちの責任追及を徹底的に行い、それによって軍を完全に支配することに成功したのである。

中国人にとって、外交も戦争も、全ては個人の欲望達成のための道具にしか過ぎない--鄧小平の物語は、そのことを如実に表している。




江沢民元国家主席
『日本に対しては歴史認識で執拗に批判しているが、ベトナムからの中越戦争の謝罪要求については「ベトナムのカンボジア侵攻によるものだ」として、謝罪はしていない。2002年2月末にベトナムを訪問した際、謝罪するどころかベトナムの首脳に「もう過去のことは忘れよう」と一方的に通告し、中越戦争のことを教科書から削除するよう求めた。』
(共同通信2002年3月17日配信)
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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

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