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北朝鮮とインドの核実験と、その後のアメリカの対応




日下公人&伊藤貫/自主防衛を急げ!  より抜粋

伊藤)クリントン政権とブッシュ(息子)政権は、「北朝鮮の核保有を絶対に認めない」と外交PRしていました。ところが、北朝鮮の第1回の核実験の後、アメリカは手の平を返すように露骨に宥和的な対朝政策を採用しました。経済制裁を解除し、北朝鮮の核兵器製造施設を査察の対象から外す。そして、北朝鮮が核弾頭用のウラニウム濃縮施設を数カ所に建設してきたことも問題にしないのです。そして2008年の10月にはブッシュ大統領が、なんと「テロ支援国家」の指定まで解除してしまった。あきれてものも言えない。よくもまぁ、同盟国をあそこまで露骨に裏切れるものです。


日下)インドが核拡散防止条約(NPT)を無視して核実験をしたとき(1998年)、世界中が怒りました。日本も怒って、インドへの経済援助をストップしています。ところがしばらくしたら川口順子外務大臣がインドへ出かけていき、援助を再開することになりました。川口外相は何の理由も無しに援助を再開するためにインドを訪れたわけですから、インドの人たちが大喜びしたことは言うまでもありません。当時のインドの新聞を読むと、空前絶後の大歓迎だったようです。川口さんは自分が大歓迎されたと思って良い気分で帰ってきたようですが、インドにすれば誰であれ手をさしのべてくれる人があれば歓迎した時期でした。
それくらい当時のインドは世界中を敵に回して孤立したのです。逆に言えばそれくらいの決意を持って核爆弾を作り、核実験をしたのです。
その後、ブッシュと話し合って新しいNPT条約を結び直したことは周知の通りです。「条約を改定する」とか「破棄する」とか、そういうどぎついことは言わずに、「もっとよいものができましたからこちらにしましょう」という形にした。アメリカまで折れてきたわけですから、あの核実験は軍事的にも政治的にも”大成功”でした。日本もインドが用いた強硬策をそっくりマネればいいと思います。

伊藤)……しかしアメリカはその数年後にはあっさり態度を変えて、インドを日本より格が上の「アジアの大国」として処遇し始めました。国際政治なんて、そんなものです。結局は「実力で勝負」の世界なのです。


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アテナイ人諸君、こういう噂を撒きちらした、こういう連中がつまりわたしを訴えている手ごわい連中なのです。
そして、その連中というのは、嫉妬にかられて、中傷のために、諸君をあざむくような話をしていたわけなのであって、かれらのうちには、自分でもすっかりそう信じこんで、それを他人に説いているような者もあるわけなのですが、いずれもみな厄介至極な連中なのです。

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