保護主義は有益である ~ イギリスとインドの綿織物
『イギリスの東インド会社に支配される前のインドは、世界最大の「綿織物」生産大国だった。……インド産キャラコは、イギリスに綿織物の「市場」を創り出したのである。……これを見たイギリスの企業家たちが、自国の綿織物市場の拡大を「ビジネスチャンス」としてとらえない方が不思議というものだ。当然、イギリスの企業家たちは「綿織物の自給」を目論み、自国でも拡大中の「綿織物の市場」におけるビジネス拡大を図った。そのためには、政府を動かし、インド産の綿製品流入を食い止める必要がある。というわけで、イギリス政府は1700年、染色キャラコの輸入を法律で制限した。露骨なまでの「保護主義」でインド製品を自国市場から締め出し、国内の綿製品の産業を育成しようとしたわけである。さらに、イギリス政府は1720年に、再輸出用を除く、全ての綿布の輸入を禁止。インド産キャラコから自国市場を保護した上で、国内で綿製品の生産性を高めるための技術開発投資が拡大した。いわゆる産業革命である。……イギリスの綿織物の「生産性」は劇的に向上した。そして、イギリスは機械で大量生産される(しかも、安価)自国製の綿製品を、インド市場になだれ込ませたのである。手工業による生産が続き、生産性が低いインド産キャラコは、全く太刀打ちできなかった。技術開発で生産性向上に成功したイギリス政府は、インドに「自由貿易」を要求。相手国の「関税自主権」を取り上げた上で、自国産の綿織物を大量に輸出していった。』
以上、「亡国の農協改革」三橋貴明(飛鳥新社)p.79より
以上、「亡国の農協改革」三橋貴明(飛鳥新社)p.79より
テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済
GDP基準改定、次は16年度 研究開発投資も計上
GDP基準改定、次は16年度 研究開発投資も計上
2015/9/21 1:30日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO91976040Q5A920C1NN1000/
内閣府は国内総生産(GDP)統計の作成基準を5年に一度改定している。次の改定は2016年度。08年に改められた国際基準も取り込んで、GDP統計の精度を高めようとしている。
次回の改定の柱となるのは企業の研究開発投資を投資として計上することだ。今の基準では経済的な利益を直接生み出す投資ではないとみなされ、計上されていない。
13年に新しい国際基準に切り替えた米国では、02~12年の名目GDPの実額が3.0~3.6%増えた。14年に切り替えたドイツも10年のGDPが2.7%上振れした。
内閣府の試算では、研究開発投資を算入することで01~12年の名目GDPは3%強膨らむ。国内の生産設備を増強する投資が伸びにくいなか、研究開発投資の重要度は増している。ただ、成長率に及ぼす影響はごくわずかだ。
内閣府は今年1~3月期の統計から、それまで速報では公表していなかった民間企業の在庫投資の内訳を開示した。景気の変わり目では在庫の積み上がりや取り崩しが生じるため、数値が大きく変動する。民間調査機関の予測にも役立つとの指摘も出ている。
各国ともGDP統計の精度向上に力を入れている。世界3位の経済規模を持つ日本も一段の改善努力が必要だ。
IMFもインフラ投資の必要性を認めている。
IMF:各国はインフラ投資拡大を、鈍い成長回復押し上げで
2014/09/30 22:00 JST
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NCP4QU6KLVRJ01.html
9月30日(ブルームバーグ):国際通貨基金(IMF)は鈍い世界経済成長の押し上げに向け、各国にインフラ投資拡大を呼び掛けた。
IMFは30日に世界経済見通し(WEO)の分析部分の章を公表。その中で、金融政策が既に緩和的であることを考慮すれば、道路や橋などのインフラ投資の拡大が「成長支援で利用可能な数少ない残された政策手段の1つ」だとし、「どの経済においても中期的な生産の増大を助けるだろう」との見方を示した。
世界経済がIMF予測を下回る伸びにとどまる中で、政策当局者らは成長加速の道筋を探っている。IMFは10月10-12日にワシントンで開く年次総会に先立ち、同7日に最新のWEOを発表する。
IMFはまた、多くの先進国に依然「かなりの経済的たるみ」が見られると分析。ユーロ圏のインフレ率は依然低過ぎると指摘した。新興市場国の経済成長は金融危機に先立つ10年間の水準を下回っている。
このように予想を下回る実績を根拠に、世界的に需要の「低迷が長期化する」恐れがあると、サマーズ元米財務長官らが唱える「長期停滞」論を引用する形でIMFは説明した。
20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁は今月オーストラリアのケアンズで開いた会議の共同声明で、「ばらつきがある」成長回復への懸念を表明した上で、需要拡大と成長加速にはインフラ投資が極めて重要になると表明した。
インフラ支出が効果
IMFは過去のデータを調べ、シミュレーションを用いてインフラ支出の効果を分析した。それによると、経済にたるみがあり、金融政策が緩和的であるなら支出増加が需要を大きく押し上げるということが分かった。この場合、投資は政府債務の対国内総生産(GDP)比率を低下させる可能性があるとしている。
またIMFはブラジルやインド、ロシア、南アフリカ共和国などの新興市場国では「インフラ投資を増やせないことが中期的な懸念材料であるばかりか、短期的な成長にも制約となると指摘されている」と説明した。
さらに新興市場国や低所得国がインフラ投資をより効率的に行わない限り、これら諸国の生産の伸びは多くの場合、限定的となる恐れがあるとIMFは分析。プロジェクトの評価を改善するなどの改革が必要になるかもしれないとしている。
原題:IMF Urges Infrastructure Spending to Boost Tepid Global Recovery(抜粋)
2014/09/30 22:00 JST
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-NCP4QU6KLVRJ01.html
9月30日(ブルームバーグ):国際通貨基金(IMF)は鈍い世界経済成長の押し上げに向け、各国にインフラ投資拡大を呼び掛けた。
IMFは30日に世界経済見通し(WEO)の分析部分の章を公表。その中で、金融政策が既に緩和的であることを考慮すれば、道路や橋などのインフラ投資の拡大が「成長支援で利用可能な数少ない残された政策手段の1つ」だとし、「どの経済においても中期的な生産の増大を助けるだろう」との見方を示した。
世界経済がIMF予測を下回る伸びにとどまる中で、政策当局者らは成長加速の道筋を探っている。IMFは10月10-12日にワシントンで開く年次総会に先立ち、同7日に最新のWEOを発表する。
IMFはまた、多くの先進国に依然「かなりの経済的たるみ」が見られると分析。ユーロ圏のインフレ率は依然低過ぎると指摘した。新興市場国の経済成長は金融危機に先立つ10年間の水準を下回っている。
このように予想を下回る実績を根拠に、世界的に需要の「低迷が長期化する」恐れがあると、サマーズ元米財務長官らが唱える「長期停滞」論を引用する形でIMFは説明した。
20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁は今月オーストラリアのケアンズで開いた会議の共同声明で、「ばらつきがある」成長回復への懸念を表明した上で、需要拡大と成長加速にはインフラ投資が極めて重要になると表明した。
インフラ支出が効果
IMFは過去のデータを調べ、シミュレーションを用いてインフラ支出の効果を分析した。それによると、経済にたるみがあり、金融政策が緩和的であるなら支出増加が需要を大きく押し上げるということが分かった。この場合、投資は政府債務の対国内総生産(GDP)比率を低下させる可能性があるとしている。
またIMFはブラジルやインド、ロシア、南アフリカ共和国などの新興市場国では「インフラ投資を増やせないことが中期的な懸念材料であるばかりか、短期的な成長にも制約となると指摘されている」と説明した。
さらに新興市場国や低所得国がインフラ投資をより効率的に行わない限り、これら諸国の生産の伸びは多くの場合、限定的となる恐れがあるとIMFは分析。プロジェクトの評価を改善するなどの改革が必要になるかもしれないとしている。
原題:IMF Urges Infrastructure Spending to Boost Tepid Global Recovery(抜粋)
ドイツ統一とユーロ導入の裏事情
「需要を奪い合う自由競争」を捨象した比較優位説の世界は、実は共産主義と同じ
比較優位説を二国二財のケースについて考えてみます。
イギリスとポルトガルにそれぞれ労働者が10人いるとします。
イギリスの労働者1人は一年間で毛織物を10単位、ワインを12単位作れるとします。
ポルトガルの労働者1人は一年間で毛織物を5単位、ワインを10単位作れるとします。
どちらの財もイギリスが「絶対優位」ですが、ワインについては毛織物よりも優位性が小さくなっています。
この場合、ポルトガルのワインが「比較優位」です。
両国が貿易をせずに各国の労働者が二財を分業で生産する場合、一年間の生産量をそれぞれ見ると
毛織物 ワイン
イギリス 30(3人) 84(7人)
ポルトガル 30(6人) 40(4人)
合計 60 124
こんな状態で各国が均衡していたとします。
次に、両国が貿易した場合を考えてみます。
イギリスの労働者6人が毛織物、残りの4人がワインを生産し、ポルトガルの労働者10人全員がワインを生産した場合、
毛織物 ワイン
イギリス 60 48
ポルトガル 0 100
60 148
このように貿易&分業すれば毛織物は貿易前と同じだけ、ワインは貿易前より多く生産することが出来ます。
これが比較優位説のエッセンスです。
さて、この比較優位説、実は需要面を無視しているのです。
続きます。
イギリスとポルトガルにそれぞれ労働者が10人いるとします。
イギリスの労働者1人は一年間で毛織物を10単位、ワインを12単位作れるとします。
ポルトガルの労働者1人は一年間で毛織物を5単位、ワインを10単位作れるとします。
どちらの財もイギリスが「絶対優位」ですが、ワインについては毛織物よりも優位性が小さくなっています。
この場合、ポルトガルのワインが「比較優位」です。
両国が貿易をせずに各国の労働者が二財を分業で生産する場合、一年間の生産量をそれぞれ見ると
毛織物 ワイン
イギリス 30(3人) 84(7人)
ポルトガル 30(6人) 40(4人)
合計 60 124
こんな状態で各国が均衡していたとします。
次に、両国が貿易した場合を考えてみます。
イギリスの労働者6人が毛織物、残りの4人がワインを生産し、ポルトガルの労働者10人全員がワインを生産した場合、
毛織物 ワイン
イギリス 60 48
ポルトガル 0 100
60 148
このように貿易&分業すれば毛織物は貿易前と同じだけ、ワインは貿易前より多く生産することが出来ます。
これが比較優位説のエッセンスです。
さて、この比較優位説、実は需要面を無視しているのです。
続きます。
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術
竹森俊平「救済禁止条項のジレンマ」 ~ ギリシャに対する債権の4分の3はもともと民間のものだった
読売新聞2015.03.16


「当時、ギリシャの国債の4分の3を非居住者、主に欧州の銀行が保有していたので、銀行が債権を半分程度削減すればよかった。
ところが、それでは金融危機が起こるとユーロ圏が反対したので、減免は見送られた。それでも返せないものは返せない。結局、12年には減免が実施された。
しかし時すでに遅かった。非救済条項の手前、公的金融機関が保有する債権は減免できないという理由で、減免は民間保有の債権に限られた。だが、この時点までに欧州の銀行は、公的機関による肩代わりを利用し、ギリシャ債権を売り抜けていたので、民間の債権保有はわずかだった。このため効果は乏しく、減免実施後のギリシャの政府債務残高は国内総生産比170%と、問題が起こった09年の130%より大幅に増えた。」


「当時、ギリシャの国債の4分の3を非居住者、主に欧州の銀行が保有していたので、銀行が債権を半分程度削減すればよかった。
ところが、それでは金融危機が起こるとユーロ圏が反対したので、減免は見送られた。それでも返せないものは返せない。結局、12年には減免が実施された。
しかし時すでに遅かった。非救済条項の手前、公的金融機関が保有する債権は減免できないという理由で、減免は民間保有の債権に限られた。だが、この時点までに欧州の銀行は、公的機関による肩代わりを利用し、ギリシャ債権を売り抜けていたので、民間の債権保有はわずかだった。このため効果は乏しく、減免実施後のギリシャの政府債務残高は国内総生産比170%と、問題が起こった09年の130%より大幅に増えた。」
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ブレーン浜田も閣僚甘利も「アベノミクスはトリクルダウン」と認めているのに安倍だけが「トリクルダウンじゃない」と言い張る。
読売新聞2015.03.15


2014/09/26 9:23 am ET
アベノミクス、レーガノミクスよりもいい-浜田参与
『浜田氏は、財政出動と金融刺激というアベノミクスの当初2つの施策(3本の矢のうち2本)は、円の下落をもたらし、株価を上昇させたと述べた。批評家たちは、こうした結果は、主として大手輸出企業と、株を保有している比較的裕福な個人を利するだけだと述べている。だが浜田氏は、それがその他の残りの経済に「トリクルダウン効果(富のしずくの波及効果)」をもたらしたと信じていると語った。』


2014/09/26 9:23 am ET
アベノミクス、レーガノミクスよりもいい-浜田参与
『浜田氏は、財政出動と金融刺激というアベノミクスの当初2つの施策(3本の矢のうち2本)は、円の下落をもたらし、株価を上昇させたと述べた。批評家たちは、こうした結果は、主として大手輸出企業と、株を保有している比較的裕福な個人を利するだけだと述べている。だが浜田氏は、それがその他の残りの経済に「トリクルダウン効果(富のしずくの波及効果)」をもたらしたと信じていると語った。』
ポール・クルーグマン 『日本はお金を刷っても停滞した経済を復活できない状況』
ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』(早川書房)p.51より
拙著『世界大不況への警告』を1999年に書いたのは、日本が既にお金を刷っても停滞した経済を復活できない状況に陥っていることをアメリカ人に警告するためだった。当時は、多くの経済学者が僕と同じ懸念を抱いていた。その一人は、今やFRB議長となった他ならぬベン・バーナンキだった。
では何が起きたのだろう?気がつくとぼくたちは、「流動性の罠」というあまり楽しくない状態にはまり込んでいたのだった。
拙著『世界大不況への警告』を1999年に書いたのは、日本が既にお金を刷っても停滞した経済を復活できない状況に陥っていることをアメリカ人に警告するためだった。当時は、多くの経済学者が僕と同じ懸念を抱いていた。その一人は、今やFRB議長となった他ならぬベン・バーナンキだった。
では何が起きたのだろう?気がつくとぼくたちは、「流動性の罠」というあまり楽しくない状態にはまり込んでいたのだった。
ロバート・ルーカスの合理的期待学派とは
以下、小室直樹『経済学をめぐる巨匠たち』(ダイヤモンド社)p.74より
カルト教団のような合理的期待学派
反ケインズの経済理論として最も有名であるのが、合理的期待形成仮説である。
1972年にロバート・ルーカス博士は「期待と貨幣の中立性について」という論文を発表した。この論文は合理的期待形成仮説を定式化した論文である。
一度この論文が発表されるや、その信奉者の中に燎原の火の勢いで広まっていった。この事こそ、資本主義は一種の宗教であることを如実に証明するものである。ルーカス博士の説を信奉する人々は一時、まるで狂信者を思わせるものがあった。
ルーカスの二つの論文、「貨幣の中立性についてと「景気循環をどう理解するか」が彼らにとって最も大切な論文であった。……一人の女性の研究者が、ルーカスの後者の論文を、全部暗記していて、議論をするごとに、その論文の何ページに、こういう文章があるといって、目をつぶって、あたかもコーランを暗誦するかのような調子で唱え出す光景は異様であった(宇沢弘文『経済学の考え方』岩波新書1989年、257頁)。
まるでカルト教団の信徒ではないか!
1977年私はイェール大学の大学院生だった。イェール大学はアメリカ・ケインジアンの総帥とも言えるトービンの影響下に、当時米国でケインズ経済学が生き残っているほとんど唯一の大学だった。「合理的期待」理論の発信地であるシカゴ、ミネソタ大学などはもとよりハーバード、MIT、プリンストンなど東部の主要大学でも「合理的期待」理論は大きな影響を与えていた。そうしたある日シカゴからルーカスがイェールにセミナーにやってきた。セミナーの途中で一人の助教授がルーカスに「非自発的失業」について質問した。ルーカスは「イェールでは未だに非自発的失業などとわけのわからぬ言葉を使う人が、教授の中にすら居るのか。シカゴではそんなバカな言葉を使う者は学部の学生の中にも居ない」と答えたものだ(吉川洋『ケインズ』ちくま新書1995年、191頁)
何とケインズの「非自発的失業」という概念すら、反ケインズ主義者の間では綺麗に一掃され、禁句にすらなっていたのであった。
最後にトービンが少し興奮した口調でルーカスに言った。「なるほど貴方は非常に鋭い理論家だが、一つだけ私にかなわないことがある。若い貴方は大不況を見ていない。しかし私は大不況をこの目で見たことがある。大不況の悲惨さはあなた方の理論では説明できない。」(吉川、前掲書、192頁)
恐るべし。米国の代表的ケインジアンでノーベル賞を受賞したトービン博士ですら、理論ではルーカス博士に及ばないことを認めざるを得なかったではないか!!
それにしても、ルーカス博士を初めとした合理的期待学派の荒れ模様。到底、正気の沙汰とは思えないであろう。狂気か?カルト教団か?
合理的期待学派の経済学説とはいったい如何なるものなのか。
一言で言えば、古典派も古典派、スーパー超古典派と言うべき極端な「経済人」を前提にしている。古典派は余りに合理的な「経済人」を仮定するという理由でよく批判される。が、合理的期待学派のモデルとする経済人たるや、古典派どころではなく、全知全能に近い「経済人」なのである。あっと驚いても足りない!
その経済人は将来に関して不偏な予測ができる。また、総ての経済理論を利用できる。故に、人々は「経済がどう動くか」政府が遣っていること、遣ろうとしている事がどんな効果を生み出すか」が分かって仕舞う。
また、自由市場はベストであるという古典派の教義も更に徹底された。
このような予測をするためには、膨大なコストと時間をかける必要があるが、コストも時間もゼロであると仮定されている。
全能の経済人は無費用で瞬時にしてこれほど大変な事ができるのである!
尚、全盛を極めたルーカス派にとって転機となったのは、数学が得意な事で有名なルーカス博士の論文に数学的誤りが発見された事だった。これがきっかけとなって、理論的批判も行われるようになってきた。こうして「ルーカス無敵」の神話が崩れた事の意味は大きい。
カルト教団のような合理的期待学派
反ケインズの経済理論として最も有名であるのが、合理的期待形成仮説である。
1972年にロバート・ルーカス博士は「期待と貨幣の中立性について」という論文を発表した。この論文は合理的期待形成仮説を定式化した論文である。
一度この論文が発表されるや、その信奉者の中に燎原の火の勢いで広まっていった。この事こそ、資本主義は一種の宗教であることを如実に証明するものである。ルーカス博士の説を信奉する人々は一時、まるで狂信者を思わせるものがあった。
ルーカスの二つの論文、「貨幣の中立性についてと「景気循環をどう理解するか」が彼らにとって最も大切な論文であった。……一人の女性の研究者が、ルーカスの後者の論文を、全部暗記していて、議論をするごとに、その論文の何ページに、こういう文章があるといって、目をつぶって、あたかもコーランを暗誦するかのような調子で唱え出す光景は異様であった(宇沢弘文『経済学の考え方』岩波新書1989年、257頁)。
まるでカルト教団の信徒ではないか!
1977年私はイェール大学の大学院生だった。イェール大学はアメリカ・ケインジアンの総帥とも言えるトービンの影響下に、当時米国でケインズ経済学が生き残っているほとんど唯一の大学だった。「合理的期待」理論の発信地であるシカゴ、ミネソタ大学などはもとよりハーバード、MIT、プリンストンなど東部の主要大学でも「合理的期待」理論は大きな影響を与えていた。そうしたある日シカゴからルーカスがイェールにセミナーにやってきた。セミナーの途中で一人の助教授がルーカスに「非自発的失業」について質問した。ルーカスは「イェールでは未だに非自発的失業などとわけのわからぬ言葉を使う人が、教授の中にすら居るのか。シカゴではそんなバカな言葉を使う者は学部の学生の中にも居ない」と答えたものだ(吉川洋『ケインズ』ちくま新書1995年、191頁)
何とケインズの「非自発的失業」という概念すら、反ケインズ主義者の間では綺麗に一掃され、禁句にすらなっていたのであった。
最後にトービンが少し興奮した口調でルーカスに言った。「なるほど貴方は非常に鋭い理論家だが、一つだけ私にかなわないことがある。若い貴方は大不況を見ていない。しかし私は大不況をこの目で見たことがある。大不況の悲惨さはあなた方の理論では説明できない。」(吉川、前掲書、192頁)
恐るべし。米国の代表的ケインジアンでノーベル賞を受賞したトービン博士ですら、理論ではルーカス博士に及ばないことを認めざるを得なかったではないか!!
それにしても、ルーカス博士を初めとした合理的期待学派の荒れ模様。到底、正気の沙汰とは思えないであろう。狂気か?カルト教団か?
合理的期待学派の経済学説とはいったい如何なるものなのか。
一言で言えば、古典派も古典派、スーパー超古典派と言うべき極端な「経済人」を前提にしている。古典派は余りに合理的な「経済人」を仮定するという理由でよく批判される。が、合理的期待学派のモデルとする経済人たるや、古典派どころではなく、全知全能に近い「経済人」なのである。あっと驚いても足りない!
その経済人は将来に関して不偏な予測ができる。また、総ての経済理論を利用できる。故に、人々は「経済がどう動くか」政府が遣っていること、遣ろうとしている事がどんな効果を生み出すか」が分かって仕舞う。
また、自由市場はベストであるという古典派の教義も更に徹底された。
このような予測をするためには、膨大なコストと時間をかける必要があるが、コストも時間もゼロであると仮定されている。
全能の経済人は無費用で瞬時にしてこれほど大変な事ができるのである!
尚、全盛を極めたルーカス派にとって転機となったのは、数学が得意な事で有名なルーカス博士の論文に数学的誤りが発見された事だった。これがきっかけとなって、理論的批判も行われるようになってきた。こうして「ルーカス無敵」の神話が崩れた事の意味は大きい。